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シンプル・ライフ

シンプル・ライフ

猫と彼女とプロポーズ

「猫と彼女とプロポーズ」

「はいどうぞ」
 甘党の僕が、皿に盛られた手製のクッキーを摘まんでいると、コトンと小さな音を立てて、お茶の入った湯飲みがテーブルに置かれた。
 家主である僕より、彼女のほうが何処に何があるかを把握しているって言うのは如何な物なのだろう。
 もっとも、亡くなってしまった祖父母から譲り渡された、古くて広いだけが取り得のこの家に引っ越してくる時、収納全般を受け持ってくれたのが彼女だったのだから仕方が無い。旅行に行けば、一泊二日にもかかわらず荷物を上手く鞄に収めることが出来ない、という特技を持つ僕に、家一件分の荷物を収納するなんて能力は皆無なのだから。
 彼女が申し出てくれなければ、僕は未だにダンボールの山に囲まれて、お茶の一つだって満足に飲めない生活を送っていただろう。
「でね、私こう思う訳よ」
 彼女の持論によれば、小動物が生まれたときに庇護せずにはいられないほど可憐なのは、個体の持つ能力に比例していると言うのである。
「だから、弱い小動物は自力で生き抜くのは難しいから、保護欲を掻き立てて誰かに助けてもらおうとすると思うのよ」
 確かに、子猫や子犬といった小動物を見れば、よっぽどの動物嫌いでなければ、可愛いとか優しい気持ちになるのは必然だとは思う。
「で、その話と君の足元に置いてあるバスケットの中身とが直結する訳だね」
 先ほどから、バスケットの中で「ミーミー」と子猫の鳴き声が聞こえてくる。
 彼女は悪戯が見つかった子供のような表情を浮かべた。
「とっても、可愛いのよ」
「僕に生き物を飼う能力があると思うのかい?」
「勿論それなりに考えたわよ、この子に付加価値をつけるの」
 バスケットの中から、赤いリボンでお洒落をした真っ黒な子猫が現われた。瞳は金目のクリクリで、肉球がピンク色のプニプニの豆粒のようで、なんとも愛らしい。確かにこれなら誰もが思わず手を差し伸べたくなるだろう。
 彼女に抱っこされている子猫の、両手を何も無い空間に向かってワタワタさせるしぐさは、ずっと見ていても飽きない。僕は彼女の策略に自らはまる覚悟を決めた。
「で、その付加価値って奴はなんだい」
「今ならもれなく私が付いてくるってのはどう?」
「確かにそれは楽しそうだね、子猫と君が居る生活っていうのは」
 僕は、悪戯に参加する子供のような表情を浮かべた。
「それは、了解って取っても良いのかしら」
「勿論そのつもりだけど」
「本当に意味判って言ってる?」
 僕の言葉があまりにもあっさりとしたものだから、心配になっているのだろう、ここはちゃんと言わなくては、後々喧嘩をした時に引き合いに出されて、文句のネタの一つにされてしまってはかなわないと思った僕は、一旦椅子に座りなおして姿勢を正す。
cat 「新婚旅行の荷物は君が用意することになるだろうけど、それでよければ結婚しよう」
「なによ、そのプロポーズは」
 言葉とは裏腹にクスクスと笑う彼女は「嫁入り道具は黒猫一匹で良いわよね」と返してきたのだった。
 




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